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Mori Art Museum

:: Posted at 2006-0205 23:32 | 建築 | TrackBack(0) | Comment(0) | URL | TOP | EDIT
タウト
HILLS LIFEより
村山
HILLS LIFEより

[建築][design]東京-ベルリン/ベルリン-東京展
六本木ヒルズのMori Art Museumで行われている、「村山知義」と「ブルーノ・タウト」を中心とした、1920年から1930年代に活躍した「アーティスト」を紹介する展覧会。もっとも、当時「アーティスト」と言う分かったような分からないような概念はないので、建築・工芸・絵画といった分野で活躍した、ということになるのだろう。
それにしても「村山知義」と「ブルーノ・タウト」とは随分「地味」ではないか、「地味」と言うのは違うかもしれない、「マイナー」と言った方が良いか。この時代は一般的には問題なく「バウハウス」となるのだろうし、それに伴って日本人は「山脇巌」と言うことになるが・・・。
個人的には「村山知義」が取り上げられたことは、今と言うなんとなく「胡散臭い」時代に十分意味があるのではないかと思う。もっとも取り上げられ方によるだろうが。この展覧会では「HILLS LIFE」の案内を見る限り、「元祖マルチクリエーター」と言った訳の分からないレッテルを貼っているが、「村山知義」はかなり政治的に立場のはっきりしているアーティストではないか。

グロッス
グロッス
グロッス2

グロッス3
すべてのことはもう一度くりかえす

今手元にあるのは、村山知義が1949年に書いた「人民の画家選書」の中の「グロッス」の小冊子。勿論1949年と言うとまだ小生も若すぎて直接本を買える歳ではなかったので、この本を手に入れたのは神田の明倫館と言う古本屋さん(今でもがんばっている古本屋さんで、地下に建築の本がたくさんある)。就職して間もないころは、給料のかなりの部分を古本屋さんで散財していた。大学生のころも昼食は学食のライス+味噌汁で後は只の福神漬けで済ませて、昼食代として親からもらっていた小遣いは本の購入に回していた(余り読んではいないが)。
「グロッス」は1900年代初頭のドイツで人気をはくしていた、社会批評的題材を取り上げていた画家で、村山知義によると、「ゲオルゲ・グロッスは、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロやデューラーやクラナッハやセザンヌやゴッホやと並べて、私が最も尊敬する画家である。」
まあ、グロッスのことを書いているが、村山知義がどのような人物であるかがこれで少し分かればと・・・。

山口


この時代はよく言われるように、第1次世界大戦後の混乱した時代で、第2次世界大戦の準備期間でもあった。1917年にロシアで革命が起こった後、1918年にドイツでも労働者・兵士が蜂起して1918年に革命が起き、多数派社会民主党が政権をとっている。勿論その間に社会民主党から分かれたスパルタクス団のリープクネヒトやローザ・ルクセンブルクが虐殺され、革命の核になる人物はいなくなっている(社会民主党は当初、マルクス・エンゲルスが指導していたが、その死後、左右中間派と分裂している):この辺りの内容は村山知義の「グロッス」による。
そんな中で、タウトやグロピウスが中心となった「芸術労働評議会」が結成され、「建築綱領」が発表されることになる。この辺りは、山口廣氏の「ドイツ表現派の建築 院大建築の異端と正統」に詳しいので一部引用しておく。

・・・「芸術労働評議会」は建築を大芸術とする前提に立ち、一群の若い建築家たちが主導権を持っていた点であろう。
タウトが中心となり、これら若い建築家の意見もいれ、「すべてがひとつ、つまり建築なのだ」とする建築大芸術論的プログラム「建築綱領(Ein Architektur-Programm)」をまとめ、「芸術労働評議会」の同意のもとにパンフレットとして出版されたのは1918年のクリスマスの頃であった。・・・

その内容についての要約が載っているが長くなるのでやめておく。バウハウスもこのような状況の中から生まれてくるが、これは始めると長くなるのでまたの機会に。

SD
雑誌SD1978年12月号特集:ブルーノ・タウト再考
ヒュが
日向邸断面図:SDヨリ
印
タウトの印(多宇登など)とサイン

そんな中からヒットラーが政権を取り、バウハウスは解散し、タウトはモスクワから1933年2月にベルリンに戻るが、数日後にスイスに脱出、パリに向かうがそこに上野伊三郎からの手紙が届き、マルセイユからイスタンブールを経てオデッサに上陸し、モスクワ経由でシベリア鉄道でウラジオストックに着き、再び船で敦賀に上陸し京都に入る、と言った感じだったらしい(SD1978年12月号より)。
このような時代に生きた二人を中心に行われる展覧会なので、是非見てみたいと思っている。森美術館がどのような紹介の仕方をするのかも気になるところでもある。
■東京-ベルリン/ベルリン-東京展
■会期:2006年1月28日[土]―2006年5月7日[日]
■開館時間:10:00-22:00|火10:00-17:00
■展覧会情報⇒http://www.mori.art.museum/contents/tokyo-berlin/index.html

[Days]プラン検討
momo-house】今日も一日プランの検討・・・。L型のプランを主に検討、納まるには納まるが・・・。
nnm-mm】基本図の作成を午前中におこなう。暗くなるとチョッといじれなくなる。
h-project】クライアントから増築の相談!え!
更新日
2006-0205
カテゴリ
建築
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